高崎市吉井町小串にある株式会社吉井精工 は、創業以来一貫して金型製作を中心に地域のものづくりを支えてきた企業です。
創業者である先代社長は吉井町の出身で、昭和40年頃、当時まだ吉井地域に工業の仕事が少なかった時代に東京へ渡り、金属金型製作の現場で経験を積まれました。その後、地元に戻り会社を設立されたのが吉井精工の始まりだそうです。
以来、地域のプレスメーカー各社から信頼を受けながら、金型製作を軸に事業を展開してきました。
現在は二代目として金嶋社長が経営を担い、先代から受け継いだ技術を基盤に、品質と信頼を積み重ねながら事業を発展させています。
金嶋社長が同社に入社したのは22歳のとき。結婚をきっかけに義父である先代社長から声をかけられたことが始まりでした。
それまでは自動車業界に勤務しており、
金型のことは何も分かりませんでしたが「一緒にやらないか?」という義父の誘いにのって吉井精工に入社することを決意されたそうです
現場で経験を積み重ね、38歳で社長に就任します。
しかしその直後、日本の製造業は大きな転換期を迎えていました。
社長就任の年に発生したリーマンショックは、会社にとって大きな試練となりました。
受注が6割も減少し、先行きの見えない状況が続きます。
「会社をなくすわけにはいかない。二代目としてなんとしても会社を継続しなければならない。その責任を強く感じていました」
長年勤めてくれたパートさんたちの仕事は確保できずに、続けて欲しいかったが多くの方は他の仕事へ移ってしまったといいます
助成金なども活用しながら雇用維持に努め、社員とともに困難な時期を乗り越えました。「辞める社員が一人もいなかったことが大きな支えでした」
と金嶋社長はこの時期を振り返ります。この経験が現在の経営の土台となっていると仰ってもいました。
経営の転機の一つがISO9001の取得でした。属人的になりがちだった業務を整理し、役割分担や工程管理を明確化することで、
品質と組織力の両方が向上していきました。
「従業員一人ひとりの役割が見えるようになりました。社内の流れが整理されたことが大きかったですね」
品質への取り組みは顧客からの信頼にもつながり付加価値をあげることに繋がっていったと振り返ります。
とはいえ各工程での検査表の記入など完全に社内の文化になるまでは5年ほどかかりました。と苦労を滲ませます。
吉井精工では金型を単なる工具ではなく「設備」として管理しています。
金型は使用とともに摩耗し、製品品質に影響を与えます。その変化を記録し、履歴情報として蓄積しながら品質の安定を図っています。
「お客様は製品を評価されます。その品質を支えるのが吉井精工の金型管理です」
加工履歴や測定記録を積み重ねることで、金型の摩耗などによって微妙に変化する誤差も発生させない、長期的な品質保証体制を築いています。
と超高精度のプレス加工にも自信をみせていらっしゃいました。
金嶋社長は社長就任時にこれまでなかった吉井精工の経営理念を
「何も掲げずに進むのではなく、判断の拠り所となる軸を持ちたいと思いました」という想いで策定したと仰っています。
株式会社吉井精工では次の理念を大切にしています。心(礼儀・感謝・謙虚)体(忍耐・体力・持久力)技(技術・実践・挑戦)をもって
人づくり、物づくりから感動を共感できる企業を目指して経営されています。
また、「プレス製品の未来を拓く」という経営方針のもと、社員全員が責任とやりがいを持って技術向上に取り組み、
高品質な製品づくりを通じて地域社会への貢献を続けています。
株式会社吉井精工 では、品質の安定と技術力の維持のために、人材育成と技術伝承を重要な経営課題として取り組んでいます。
ISO9001取得を契機に工程管理や役割分担が整理され、個人の経験だけに頼らない品質づくりの仕組みが整備されました。
「誰がいつ何を行ったかが分かるようにすることが大切だと思っています」と分析の情報を未来に残すことを大切にする金嶋社長。
加工履歴や測定記録を蓄積し共有することで、品質を維持しながら次世代へ確実に技術をつないでいく体制づくりが進められています。
また現在は、100年企業を見据えた取り組みとして
三代目後継者の育成にも力を注いでいるとのことです。
技術だけでなく理念や経営の考え方も含めて次世代へ承継していくことが、企業としての継続力につながっています。
金嶋社長にとって、高崎プレス工業協同組合 は
孤独でありがちな経営者としての心の拠り所となる存在でもあるといいます。
経営課題に直面したときや、厳しい外部環境の中で思うようにいかない場面でも、組合の仲間との対話を通じて多くの学びや気づきを得てきました。
「うまくいかないこともありますし、逆にうまくいっている会社の取り組みを知ることもできます。そうした情報を共有できること自体が学びになっています」
同じ地域でものづくりに向き合う経営者同士だからこそ得られる視点が、日々の経営判断の支えになっていると仰っています。
そして今後については、次のような期待も語ってくださいました。
「組合の加盟企業が、それぞれの強みを活かしながら、ものづくりを軸に広範囲の事業展開をしていって、この地域に来れば“作れないものはない”と言えるような集団になっていくといいですね」